帝国時代に建てられた首都の駅
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サンクトペテルブルクのモスクワ駅の現在の場所は、当時は街のはずれであった。当初の設計図では、税関と住居の二つの対称建築物も駅舎に含まれていたが、住居は後に設計からはずされた。
モスクワでも、街のはずれの荒地への駅の建設が決まった。17世紀終わりから1812年のモスクワ大火まで、ここには大砲と砲弾の工場と倉庫「新野砲局」があった。両都市の駅の設計はまったく同じで、二層式の塔と大きなベネチア窓のついたネオ・ルネッサンス様式の建物になっている。最初に完工したのはモスクワの方の駅舎。当初はサンクトペテルブルク駅という名称であったが、ニコライ1世の死去後の1855年、ニコライ駅に改名された。ソ連時代には、レニングラード駅と改名された。
4. ロシア初の列車の乗客はニコライ1世
最初の列車はモスクワからサンクトペテルブルクに向けて1851年8月19日に発車した。乗客はニコライ1世、その家族、近衛大隊2隊。ニコライ1世は鉄道駅を渡ることを警戒していたため、そこは徒歩で通過した。
所要時間は19時間。モスクワ-サンクトペテルブルクの鉄道はロシア帝国初の2線鉄道となった。当時は世界最長でもあり、総延長は604露里(645キロ)であった。エンジニアのパーヴェル・メリニコフとニコライ・クラフタの設計にもとづいて、鉄道は建設された。
